与五沢文夫ディレクター インタビュー

与五沢文夫ディレクター インタビュー  表参道から青山通りを横切り、150mほど歩くと「よごさわ矯正歯科」がある。静かな通りには、最新の建築デザイン、ファッションビルが軒を連ねている。
FROM 1th Bldgの中、オープンインテリアにしたクリニックは、Dr.与五沢文夫自身による室内設計と聞いた。患者さんの気持ちを和らげる受付カウンター、カンファレンスルームの什器デザイン、(何よりも驚くことは)治療台のデザインである。造形物として完璧なグッドデザインが並んでいる。
 Dr.与五沢文夫は少年の頃からモノを作ることが好きだった。船や飛行機の工作、鉱石ラジオに夢中になった。写真の世界(現像・引き伸ばし)、オーディオの世界にのめり込んで行った。ラジオの組み立てやスピーカーボックスの製作はお手のものである。幼年時代から10代後半はモノ作りがすべてだった。

 大学生になると、モータースポーツに没頭した。自動車競技はナンでもチャレンジした。ラリー、ジムカーナ、知らない町へドライブが大好きである。
 大学院2年の秋、インディアナポリスにて矯正講習会を受講した。この渡米が、Dr.与五沢文夫にとって「坂を駆け上る一歩」ではないだろうか。まだ1ドル360円、アメリカ合衆国までのラウンドトリップチケットは40万円ほどする時代のことある。

  • ・ケスリングセンターへBegg法タイポドントコース参加のための渡航、その際6ヶ月間アメリカ各地の矯正医を訪ねた。
  • ・Suyehiro , Galublumの診療所にてEdgewiseを2ヶ月間見学し、その後、Dr. Tweedのofficeを訪問する。(1967年)

 1971年3月、ワシントンDC のSuyehiro , Galublum診療室へ勤務し、本格的な修行が始まった。

 2001年に、以前より構想を立てていた書籍を出版することができた。
 歯科矯正臨床の論と実際を書にしたもので、臨床論と症例を具体的な形で結びつけて著した書籍は、矯正歯科の世界に衝撃を与えたのではないだろうか。

 出版後、こだわりの車を解体・組立てに勤しむようになった。数台の内、ヒーレスプライト(英国製)が代表格であろう。
 たくさんの画像をプリントアウトし、組立て作業の説明をしてくれるDr.与五沢文夫が、少年のように輝いていることに、私は気づいていた。

与五沢文夫ディレクター インタビュー
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