与五沢文夫ディレクター ごあいさつ

 1972年の秋、私はアメリカから帰国し、持ち帰った矯正臨床の術式を私の仲間の矯正医に公開しました。その後、毎年一回、矯正専門をめざす矯正医を対象に、一週間の少人数の講習会を開催しました。1979年、受講生の中の5名の有志が発起人となってスタディーグループが設立されました。それが当会です。

 1960年代の中頃に、日本の矯正臨床が大きく変る兆しがありました。要約すると、それまでの我が国の矯正の源流はヨーロッパ、主としてドイツを範としたもので、いわゆる機能学派と呼ばれる流れを組んだ方法が主流でした。時代が進むにつれて、アメリカの矯正医療の実態を文献などで知るに及び、一部の先人が抵抗ありながらもそれを受入れ始めることとなります。変革の結果は次第に実証され、それにつれて大勢が動き始めることとなり、1970年代に入ってからは急速にアメリカ中心の矯正治療方式が波及していきます。
 1979年といえば、ようやく己による臨床結果が手元に集り始めた頃です。日本では足跡のない世界を手探りで前進しようとしている時期です。そんな時期に発足した研究会は、Give and takeを合い言葉に、互いに臨床結果を持ち寄り、検証しあうことによって矯正臨床の更なる先を求めました。当時を振り返ると、一心に学問や臨床の質に全てのエネルギーを費やすことのできた、矯正医としては希望のある最高の時代です。以後、その精神を継続して、学問を超越して臨床結果から学び、新たな体験を臨床のなかにフィードバックしつつ、更なる臨床の質を高める努力を続けている団体です。

 最近の私は矯正のためにはアメリカに行き来していませんが、 1970年代中頃にアメリカで矯正のコースのインストラクターとして働いたことがあります。世界中から50人程の矯正家が参加していましたが、そこで、日本人は間違いなく世界でトップとなる素質があると確信したものです。その後も私はアメリカのスタディーグループに所属し、彼らの矯正臨床の実態に触れると同時に、日本の矯正臨床を彼らに示してきました。今からその心情を思うと、頼まれてもいないのに、いつしか日本人としての誇りを背負っているかのような感覚でした。

 残念ながら現在の日本における矯正臨床の環境は、40年程前に予見した通りに、崩壊しました。現今の矯正臨床の質は玉石混交、その内容は千差万別となりました。したがって、ときに遭遇する矯正臨床結果に身震いを覚えることがあり、矯正臨床に携わった者として責任の一旦を感じて心が痛みます。現在の矯正臨床の低迷している事実は否めませんが、我が国の一流の矯正医の臨床は世界に誇るレベルです。我田引水ですが、私たちのグループの中のかなりの数の矯正医達は、臨床の質において間違いなく世界のトップクラスにあると私は断言します。

研究会は今年で39年目を迎えます。
矯正臨床が安全で確実な医療として世間で認識されますように。
私の矯正医としての願いです。

与五沢文夫ディレクターごあいさつ
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