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前突歯列~いわゆる上下顎前突~ -矯正症例集VI-

前突歯列~いわゆる上下顎前突~ -矯正症例集VI- 1994年 4月発刊 62症例 376ページ

(以下 序文より抜粋)

『前突歯列』という用語を使用するにあたって

初刊の症例集に続き、上顎前突、反対咬合、開咬、過蓋咬合と不正咬合の種類別に矯正症例集を編纂してまいりましたが、その都度タイトルとして付与した用語が問題となりました。何らかの矛盾を感じながらも可及的に既存の用語を選び、それに解釈を加えながら使用してきましたが、今回はついに行き詰まりを感じ、上下顎前突の代わりに『前突歯列』なる用語を使わせていただきました。

上下顎前突はbimaxillary protrusionと同義語として使用されていますが、英語ではこれに類する語として、bimaxillary prognathism, bimaxillary dental protrusion, bimaxillary dental proclination , bimaxillary dento-alveolar protrusion, dento-alveolar proclination, double protrusion, basal prognathism, さらにはdouble lip protrusionというような外貌から不正咬合の種類を連想させるものもあります。これらは、おそらくbimaxillary prognathism から派生したもので、それが咬合状態を表す用語として使われ、さらに、拡大して顎と歯牙との位置関係を表わす言葉として流用されるに至ったと推測されます。
Bimaxillary prognathismとは、本来、系統発生的な立場から頭蓋に対して上下顎の突出した状態を意味するもので、個体発生学的なものはbimaxillary protrusion というべきであるとし、両者の区分を提唱しています(Margolis,Bjork, Moyers 等)。
Bimaxillary protrusionに対しては、歯牙の咬合状態が正常でもあるにかかわらず、上下顎の歯列弓が頭蓋ないし頭蓋基底に対して正常位よりも前方位に位置しているもの(Strang, Salzman等)とするのが一般的な表現法です。これらのbimaxillary prognathism あるいはbimaxillary protrusion の解釈は、前者は純粋に顎全体の位置の評価、後者は歯列弓という表現なので顎や歯牙を含めた評価ということになり、その点において両者は異なりますが、頭蓋との関係において判断するという点では一致しております。しかし、実際の臨床の場における使われ方は少々異なっているようです。上下顎前突という状態の一般的な認識は、上下顎前歯の前傾あるいは歯槽部を含んで歯牙が前方位にある状態で、かつ顔貌上、とくに口唇部に前突感のある状態を捉えているように思えます。そこには本来のprognathismの意味はなく、頭蓋との関係から離れて、単に上下の前歯の状態や位置を顎との関係において評価しているといえます。すなわち、『上下顎基底部に対して上下の前歯が過度に前方位にあるあるような状態』です。

不正咬合の呼称で、常に問題となったのが顎という文字でした。ひとたび顎が含まれると顎の評価をおこなう必要があります。たとえば、上顎前突では、上顎が何を基準として前突していると判断されたか、ということになります。頭蓋との位置関係か、下顎との位置関係か、がまず一義的に思い浮かびますが、実際には、上顎の歯牙と下顎の歯牙との関係として用いられている場合が多く、それらすべてを混同して使用されているが現状です。
何かを評価するには、基準や対照が必要です。顎の位置の評価には、その上位構造にある頭蓋を基準とすることは妥当性があります。したがって、顎の位置を頭蓋との関係において評価する場合に顎という文字を使い、上顎の歯列と下顎の歯列との位置関係は、歯列の対向関係によって、すなわち咬合という形式によって捉え、顎という文字を外せば混乱はなくなるであろうと考えました。さらに、上下の歯列間の関係としてではなく、顎基底に対しての歯列の位置そのものの評価も必要となります。そのためには、歯列とその上位構造にある顎基底との関係によって評価することとし、歯列という名称を付して表す方法を考えました。そのような考えに基づいて、上下顎前突といわれている状態の実態は顎基底と歯列との関係であることから、上下顎前突に代えて『前突歯列』としたわけです。

この分類は3つのカテゴリーに基本をおいたものです。すなわち、・ 頭蓋と顎との関係、・ 上顎の歯列と下顎の歯列との関係、・ 顎基底と歯列との関係、よいうことになります。 これらの分類法に従えば、従来の顎という文字を配した用語は、頭蓋との関係においてのみ使用されることになります。
上顎の歯列と下顎の歯列との対向関係は、前後、上下、左右の三つのディメンジョンによって分類することができます。上顎の歯牙が下顎の歯牙より過度に前方位にあるものを上突咬合、下顎の歯牙が上顎の歯牙の前方に位置するものを下突咬合、同様に上下的な位置関係から過蓋咬合、開咬合、左右側の関係において交叉咬合となり、さらに偏位咬合という状態も考えられます。
また、上下の顎基底と歯列との位置的関係から、上下の歯列が著しく前方位にある場合を前突歯列、その逆を後退歯列と呼べます。
このように、硬組織上における分類対象を、頭、咬合、歯列というカテゴリーに分け、それぞれの従属する部分の位置関係を、その上位構造や同位構造と評価する方法は、矯正臨床の立場からすれば便利なものです。なぜなら、そのような三重構造の理解形式は、治療計画を立てる際に暗黙のうちに組み込まれている思考序列と一致しているからです。 このような考え方は、生体に及ぼすことができる矯正治療の対応可能な領域の区分にも似て、矯正臨床にとってはより意味深いものではないかと考えます
1994年 3月
与五沢文夫