研究大会報告

第20回研究大会開催 1998年4月20日・21日 都ホテル東京(東京)

20日 症例呈示 「矯正と私」 与五沢 文夫
パーティー
21日 講演 
([ ]内は座長)
「与五沢メカニクスとのかかわり -入局後の臨床経験をもとに-」 斉藤 功 [若松 進治]
「矯正臨床で考慮すべき生物学的視点 -最近の基礎的研究から-」 森田 修一 [深町 博臣]
「一般歯科臨床と矯正治療への接合を求めて」 筒井 照子 [両川 弘道]
「情報伝達の発達による矯正治療への影響」 [藤村 芳博]
-電子メールについて- 鳥巣 秀男
-World Wide Webと矯正治療- 山田 一尋
総括

ディレクターメッセージ:「20回研究大会を終えて」与五沢 文夫

20年という歳月が連続して流れる時の一コマであったとしても、私の20回研究大会への思いは通年のそれとは異なっていた。10周年の時には会が初めて公開され、会の姿勢を外部に示すものとして実行されたが、その緊張感と感激は研究会としては最初で最後のものであろうと予言していた。それから10年、我々は矯正に向けた初心を守り通して歩み続けた。
その間、歳月のみは淡々と過ぎたが、矯正を取り巻く環境は著しく変化し、否応なしに矯正医の誰しもがその影響を受ける時代となった。20回の研究会はそんな流れの中にあって、我々の姿勢を確認する意味からも重要な役割をもったものと考えた。
20回の会長として私は強く晝間先生を推した。研究会の流れを熟知していることと、恩虜深い判断に託したかったからである。同君は最初は固辞していたが、同僚の熱心な説得によりようやく応じてくれたものである。晝間会長はやがてノブレス・オブリージュの精神を軸に、「淡々と粛々に」会を行いたいとの意向を示した。実際の会の運営にあたっては、藤村副会長との綿密なる打ち合わせのもとに、シミレーションを繰り返し、それによって完壁なまでに会が組み立てられ実行に移された。一ヶ月ほど経った現在、改めて20回の研究会を振り返ってみると、世俗的な満足に因ることなく、純な精神を貫いた姿勢が正しかったことを確信し、それを誇りにさえ思える。その精神を貫き通した両君と、それを支援した各位に深く感謝したい。
人生は偶然を含んだ選択の結果である。年を重ねるに従ってその色を強め、誰からもその本質が知れるようになる。20年の歴史を重ねた研究会もまた同様である。矯正臨床医の質と倫理が、次代のキーワードとなるであろうと予想される今日この頃、私たちは本道から外れることなく、これからも高潔な道を歩み続けたい。

「次代に引き継ぐために」 第20回会長 晝間登喜男

「ひいては矯正を楽しみ、且つよりよい臨床ができる環境を次代に引き継ぐことにある。」
これは与五沢矯正研究会会則の第2条[目的]の項にある文言の一節です。この言葉は与五沢先生が普段よく口にされていたものを会則の中に盛り込んだものですが、矯正を大切に想い、育み、これからもなんとか健全に育ってほしいと願っている与五沢先生の心情をよく表した言葉です。第20回与五沢矯正研究会における企画の基本的コンセプトはここにありました。
20周年目の今年、会は本来の会員と“次代を担うに相応しい”ゲスト合わせて総勢200名ほどの人数で開催されました。10周年の時の、500余名のゲストを招き大々的に世に打って出た盛大さとは対照的に、会は終始静謐のうちに進行しました。それを物足りないと感じたかたもいたかも知れません。しかし、会員、ゲストそれぞれが、年齢や役職、経歴を離れ対等の立場で症例を囲み、あるいは講演後のロビーで矯正談義に花を咲かせる姿は、会を企画したものの意を満たすに十分な光景でした。
言うまでもなく、今回の研究会には多大な金額と時間と知的、肉体的労力が費やされています。会期中は、症例や講演はもとより、目や耳だけでなく五感六感で感ずべき言い切れないほどの貴重なものを提供したつもりです。発足から20年、会も会員も成熟し、時代も、また取り巻く環境も変わった今、次代の矯正界を担う若い先生方に“質の高い確かなもの”を見、触れ、感じ、思考してもらう場を提供したことは決した無意味ではなかった、と信じています。それを有意義と感じたか期待外れと感じたかは、つまるところ受け手側の感受性の問題だと思っています。